無断転載・無断利用を禁止します。 閑話・三つ編みの重さ 「黒い魔女と白い弟」の外伝的なもの。 レイヴンとクロウが錆の谷に住み始めたころの話。 --------------------------------------------- 三つ編みの重さ 「レイヴン、動かないで」  錆の谷の川岸、クロウとレイヴンの住む家。  その寝室で、二人は寝台に腰かけていた。クロウが、レイヴンの白髪を背後から三つに結っている。  髪が白くなったとき、どういわけか長く伸びた髪を、レイヴンは切らずにいた。  今日洗髪したあとのレイヴンが、髪をだらりと下ろして夕風に当たっていたら、クロウが髪を結うと言い出して 家の中に連れられ、現在に至る。 (……女ってこういうの好きだよな)  背後で結わいているクロウがなんだか上機嫌に思える。こちらとしては、人形遊びの人形になった気分だが。 「俺の髪を触るの、楽しそうだな」 「楽しい」  姉の高い声が返ってきた。今の姿勢では彼女の顔は見えないが、にこにこしているのが想像できる。 「でもクロウは自分の髪は結わないだろ。風呂に入るとき以外は」  クロウの真っ直ぐに伸ばした長い黒髪は、艶があって美しい。この姉を見ていると、長い髪に魔力が宿ると いう迷信が生まれるのも無理もないと、魔術師の風習に理解の浅い自分でさえ思う。  大抵の魔術師は髪を長く伸ばす。長い髪には魔力が宿るという言い伝えが理由だ。実際のところは髪と魔力に 相関はないらしい。今でも根拠のない慣習にとらわれる者が多いのだろう。 「……私は下ろしてるのに慣れてる。レイヴンは髪が邪魔じゃない?」 「邪魔だな」 「だったら結ったほうがいい」  クロウは編むのを続けた。きゅっきゅっと、髪が引っ張られる感触がする。自分の痛覚は欠落しているので、 少し強く引っ張られてもまったく痛くない。 「髪、切らないの」 「切らない」  レイヴンは即答した。  嫉妬に狂ったあげく、薬を浴びたせいでおかしくなった己の体。髪が伸び、白くなったのもそのときだ。だから、 自戒のために常々覚えているために、長いままでいる。クロウと姉弟であるにも関わらず髪の色が 違うのを、錆の谷に来た客人に怪しまれることは少なくないけれども。 「そう。はい、できた」  クロウはレイヴンの肩を軽く叩いた。 「……ありがとう」  姉が肩から前身に垂らした白髪は、不器用な自分でやるよりも、ずっときれいに三つに編んである。  クロウが自分を心配してくれる。自分のために何かしてくれる。  この占有感が、甘くてとても心地いい。  結い終わってもそのまま寝台に二人で座っていたとき、クロウが言った。 「レイヴン。何かしてほしいことがあれば言って。聞きたいことがあれば聞いて。遠慮はいらない。その体は 辛いと思うから」 「……そう、だな」  最近再会するまで、姉とは生き別れの状態だった。じゃあ、とレイヴンは遠慮なしに口を動かした。 「クロウ。一つ聞きたい」 「何?」 「処女か?」  尋ねた途端、クロウは座ったまま、顔を真っ赤にして固まってしまった。  さすがに遠慮がなさ過ぎたか。  冗談だと笑い飛ばすには場所も悪い。ここは寝室だ。 「なんで、今、そんなこと聞くの」 「あ……」  この四歳年上の姉は、最近までずっと魔術都市アルアトにいた。学問と仕事漬けで、色恋とは縁遠い生活 を送っていたという。自分が発した問いは、敢えて聞く必要がなかったような……いやそれ以前に、嫌味に 聞こえたかもしれない。 「……お風呂入ってくる。体洗ったあとのほうがいい、はず」  クロウは直接の答えを寄越さなかった。しかし真っ赤な顔のまま覚悟を決めたような様子で寝台を下りると、 黒いローブの端をつまんで、ぱたぱたと家から外に走り出ていった。 「待て。クロウ、おい、待てって!」  レイヴンは焦って声をあげるが、結局あの姉をどうしたものか、内心では決めかねていた。  前に露天風呂に一緒に入ったとき、クロウのあの黒いローブの下の体型を知った。興味がないと言えば嘘になる。 相手は血縁だという大問題が立ちふさがるが。  レイヴンは掛け布の上から寝台を拳で殴った。それから、首にかかった三つ編みを背に払ってクロウの後を追う。  既に乾いているのに、三つ編みは思ったよりも重かった。  (了) -------------------------------------------- 作者:asahiruyu (黒江イド) 連絡先 nekoneko22maru@outlook.com http://herbsfolles.blog103.fc2.com/